【1998年の悲劇】tohkoだけじゃない!未来玲可やRing(リン)等、小室ファミリーの犠牲者たち…

 
 
こんにちわ
【危機タイムズ】です。
 

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今日は、こんな記事が話題になっていた…
 

tohko「気が付いたらハズされた…」

 


元・小室ファミリーの一員として知られるシンガー、tohko(トーコ)が、8日(日)に放送された『あるある議事堂』(テレビ朝日)で、「気づいたら小室ファミリーじゃなくなっていた」ことなど、当時のエピソードを語ったことが話題となり、10日(火)のYahooエンタメアクセスランキングで首位を獲得した。
 
tohkoは、1998年1月14日にシングル「BAD LUCK ON LOVE -BLUES ON LIFE-」でデビュー。最高位は14位どまりだったが、ロングヒットを記録し、当時のカラオケランキングでは上位にランクインした、人気のナンバーだ。
 

 
「今聞いても良い曲だなぁ」、「何度聞いても飽きない」、「隠れた名曲だと思う」など、20年の時を超えた今なお高い人気を集めていて、その他にも、サード・シングルの「ふわふわ ふるる」が高い評価を受けている。
 
透き通った声にブレのない高音、スラっとした佇まいに、青学出身という高学歴も付き、ヒット要素は満載。デビュー曲も「神曲」と評価されるほど素晴らしい完成度だったが、当時チャートの上位を独占していた、安室奈美恵やglobeといった小室ファミリーのスーパースターたちと比べると、インパクトは弱く、売上もイマイチに終わった。
 
ちなみに、tohkoのデビュー曲「BAD LUCK ON LOVE」は、大まかには「小室プロデュース作品」というくくりになっているが、実際は日向大介が作曲・編曲を手掛けていて、彼は前年、松たか子の「明日、春が来たら」などを大ヒットに導いている。
 

デビュー・アルバム籐子
 

1998年の犠牲者たち

 
1998年といえば、小室ファミリーの乱期…
 
安室奈美恵が出産のため1年休養し、globeは3月にリリースした『Love again』が前2作のセールスにまったく追いつかず、まかなうために9月から4枚連続でシングルをリリースし、12月に2枚目のアルバム『Relation』を発売。
 

15YEARS -BEST HIT SELECTION-
 
当時のパートナーだった華原朋美は、5枚のシングルをリリースするも、どれも売り上げはイマイチで、低迷期に突入する…
 
小室ファミリーのはじまり、そして主力だったtrfは、同年、ついに小室プロデュースから離れ、2月にシングル「Unite! The Night!」をリリース。この曲は、DA PUMPなどを輩出した富樫明生のプロデュース作品で、クオリティは高かったが、最高位8位と「大ヒット」とはならなかった。
 

 
続いて、「by myself」などのヒットで知られるhitomiも、自身で作曲したシングル「」を同年4月にリリースし、以降、小室によるプロデュース作品はないまま、今に至る。
 
4月には、『小室魔力』のオーディションでグランプリを受賞した、台湾出身の歌手、Ring(リン)をプロデュースし、デビュー曲「Process」をリリースするも、まったく勢い振るわず、翌99年にリリースしたデビュー・アルバム『TEEN’S RING』で、彼女のキャリアは終了。同じように、98年11月には、未来玲可という歌手が「海とあなたの物語」でデビューし、最高位7位をマークするスマッシュヒットを記録したが、この曲とデビュー・アルバム『海とあなたの物語たち』(1999年)を発売し、姿を消してしまった…
 
tohkoがデビューした1998年は、小室ファミリーが絶頂期から後退しはじめ、おそらく「次の新しいスター」を探すべく、試行錯誤を重ねていた頃。しかし、誰も「次のビッグスター」になれないまま、全てが中途半端で終わってしまった年だったといえる。
 

 
唯一、この年にデビューした鈴木亜美が大きな注目を集め、同年にリリースした4曲のシングル全てがTOP10入りし、翌99年に発売したデビュー・アルバム『SA』は、200万枚を超える大ヒットを記録したが、以降、彼女のキャリアはそれ以上の輝きを放つことはなかった…
 

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名曲は多いが「雑」過ぎた小室プロデュース

 

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1998年以前にも、同じように中途半端に終わってしまった、小室ファミリーたちがいる。
 

 
96年9月に「Close to the night」でデビューした大賀埜々(おおがやや)は、この曲の完成度が高かったこともあり、その後の活躍が期待されていたが、小室プロデュースはわずか3曲で終了。その合間にデビューさせた円谷憂子という女性シンガーも、小室哲哉名義のタイトルは「Mystery of Sound」1曲で幕を閉じる…
 

 
1996年には、dosという3人編成のR&B系のユニットをデビューさせ、「Baby baby baby」や「more kiss」などをヒットさせるが、3曲のシングルとアルバム『chartered』で実質上の解散に。以降、メンバーのAsami(吉田麻美)と共に、自身の音楽ユニット「TRUE KiSS DESTiNATiON」をデビューさせるが、本格志向過ぎて(?)日本人受けせず、ヒットには繋げられないまま2001年に解散。同年にAsamiと結婚し、娘1人をもうけるが、わずか10ヵ月でスピード離婚してしまう…
 

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小室哲哉が「1本」に絞らなかった理由

 
慌ただしい結婚・離婚や恋愛歴、乱雑なプロデュース業含め、小室哲哉という人は、どうやら「飽きやすい」のではないか、と指摘されている。
 
tohkoの「ふわふわふるる」やRingの「Process」、未来玲可「海とあなたの物語」など、楽曲自体はすばらしく、当時、人気絶頂だった華原朋美やglobeなどに歌わせていれば、もっと大ヒットしたのでは?と言われていたが、同じ人(グループ)を、同じようにプロデュースし続けることは、できない性格だったのかもしれない。
 
良い意味では「向上心」、「好奇心旺盛」
悪い意味では「中途半端」、「いい加減」…
 


出典:Tetsuya Komuro公式ツイッターより

現在は、闘病中の妻・KEIKOを支える優しい「夫」になり、バラエティ番組などにも積極的に出演したりと、穏やかな毎日を送っているようだが(?)、また、全盛期のような「小室サウンド」を聴きたいというリスナーも多いはず。
 
小室フィーバーから20年が経過し、今は「ヒット曲」と呼ばれる曲も、実際は「さほどヒットしていない」時代になったが、そんな低迷する音楽業界を救う存在として、もう1度立ち上がってほしいものだ。小室哲哉にはそれだけのパワーと才能がある!
 

 
今や日本が誇るトップスター、安室奈美恵の活躍も、小室哲哉ナシでは語れない。
 

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